いつも傍で笑っていよう―――。
それは、私が貴方の傍に居るために決めたこと……
シ ア ワ セ ノ ネ イ ロ
「悟史くーんっ!一緒に帰りませんか!?」
「うん、いいよ!ねっ?沙都子」
「えぇ、もちろ…」
「にぱー☆ボクと沙都子は先に帰っておきますです」
「な、何なんですの!?梨花ぁ」
「沙都子、空気読みましょうです♡」
梨花は沙都子の背中を押しながら、詩音にウインクをした。
詩音が悟史を好いているのは、みんな承知している。だから、時々気を利かせてふたりきりにしてくれるのだ。
「じゃぁ、帰ろうか。今日寄っていくんだよね?」
「はい…そのつもりです!」
明日は土曜日で学校は休みである。そのため、詩音は北条家で夕食をご馳走になるつもりなのだ。
沙都子や梨花、もちろん悟史も大歓迎なので、詩音はそれをだいたい週2のペースで繰り返していた。
悟史くんが帰ってきた。
その瞬間、私の世界は変わった…彼の居る生活、
あの苦しかった生活が嘘のように、笑顔溢れる幸せな時間を過ごしている。
でも、少しだけ……
ほんの少しだけ、私に重く圧し掛かる、痛み。
「…詩音、何か悩み事?何か凄く深刻そうな顔してたけど」
「えっ?私そんな顔してました……?」
いけないいけない!
私は悟史くんの前では、ずっと笑っていようって決めたんだ……!
彼にはもう何も背負って欲しくない。だから、私はずっと笑顔で居る。彼を安心させてあげるために……。
「私は、今凄く幸せですよ!そんな私に悩み事なんてある訳ないじゃないですかっ」
これは嘘じゃない。
本当に幸せなの…悟史くんが居てくれさえすれば、私は幸せ。悩み事なんてそんな大げさな物はない。……ない、よ?
「……無理して、笑ってない?」
……………えっ?
「何で私が無理して笑うんですか、やだなぁ…悟史くんたら!」
「むぅ………」
「私は全然元気ですよー?心配してくれるのは嬉しいですけど」
(何でこういう事はすぐ分かっちゃうのかなぁ……)
「…詩音、ありがとう」
きっと、僕のために笑ってくれてるんだよね?
確かに僕は頼りないし、不器用だけど……でも、そういう事は分かるんだ。
僕にとって、見えない狂気ほど恐ろしい物はない。
だから、そういう物が見え隠れする変化に、僕は敏感になってる………だから、分かるんだ。
「でも、何かあるんだったら…教えて欲しいな」
たった少しのきっかけで、世界が180度変わってしまう。
もう、変えたくないんだ…この幸せを。守りたいんだ。僕は、もう何も失いたくないから……
「…………。」
悟史くんにはバレちゃってるんだ……でも、言ってもいいのかな。
私、言ったらきっと泣くから……
貴方の前ではどんなに寂しくても苦しくても、痛くても……笑っていようって決めたのに。
(もう、楽になっても、いいのかな――――。)
「悟史くんにとって……私は、何?」
「えっ……」
私は悟史くんの事が好きです。…貴方の事が大好きです。
でも、貴方は?貴方は、私の事をどう思っていますか………?
1人の女の子として見てくれていますか?
私は貴方の傍に居ていいですか?
…私は貴方の傍に居たいけど、貴方はどう思います?居た方がいいですか?それとも……
居ない方が、いい……?
「…私は、悟史くんの事が大好きです。だから、いつも一緒に居たいと思う、でも……」
でも、それは私の一方的な感情で。
迷惑じゃありませんか?邪魔ではありませんか?…鬱陶しい女だと思っていませんか?
私は、それがとても不安です。
いつもいつも、不安でどうしようもなくて……でも、悟史くんに聞くのが怖かった。
「詩音…………」
ゴメンね。本当は僕も気づいていたんだ。
君は、いつも僕に尽くしてくれる…でも、僕は?僕はいつも受身で、君に何もしてあげなかった。
…違う、あげられなかったんだ。
何を、どうすればいいのか分からなかった。
僕が帰って来れたのは、間違いなく君のおかげだ。
とても感謝してる。でも、この気持ちが“恋”なのか何なのか、自分でも分からなかったんだ。
君の事は好きなんだと思う。
ずっと傍に居て欲しいと思ってる…でも、これは“恋”なのかな?それとも、違うのかな……
「詩音……僕は………」
耐え切れなくなったように、詩音の目から涙が落ちた。
そんな詩音を見て、僕は今まで感じた事がないほど、君を愛しく思った。
詩音はいつも僕の傍で笑っていた。ずっと笑顔で、僕を優しく支えてくれていたんだ。
…だから、無理して笑ってるんじゃないかって不安になった。
詩音は、僕に心配をかけないように無理しているのではないかと。でも、それは間違いだった。
僕がハッキリしなかったから、詩音を苦しめたんだ。
……本当は、ずっとずっと前から、分かっていたのに。
「僕は、詩音の事が好きだよ」
君がいつも笑顔で笑ってくれたから……
だから、僕は…………
「えっ………」
大きく開かれた彼女の瞳が、まっすぐ僕を見据えた。
困惑や照れが入り混じった、どうすればいいのか分からない、そんな瞳をして。
守ってあげたい……
僕に守れるものなど、本当はないのかもしれないけど。それでも、守りたい……
「詩音…………」
ぎゅっと、目の前に居る少女を抱き締めた。
沙都子以外、こんな風に抱きしめた事なんてなかったから、正直照れくさかったけど…
でも、とてもとても温かかった。
「悟史くん……っ、私…悟史くんの傍でだけは、笑っていようと思って……っ
悟史くんが不安にならないように…私だけは…悟史くんに迷惑かけないように……ずっと…一緒に居たくて……っ!!」
「……ねぇ、どうして?」
「えっ……」
「どうして君は…僕のこと、そんなに想ってくれるの?」
僕と君の過ごした時間は少なくて、君を傷つけて、一方的で我侭なお願いを君に託し、僕は失踪した。
君にそこまで想われる理由が思いつかない。
それに………
「……僕はもうこの手で、人を殺しちゃってるんだよ…?」
表向きにはなっていないけど、雛見沢の4度目の祟りの実行犯は間違いなく僕だ。
今だって覚えてる…たまに、その時の夢を見る。
あの時、叔母さんをバットで殴り殺した時の手の感触、血の匂い、そして恐怖に怯えた叔母さんの顔…全てを鮮明に覚えてる。
後悔はしていない。
でも、後悔していないから何なのだ。僕の罪は……一生消えない。
(こんな幸せな日々を送っているなんて、僕はなんて罰当たりなんだろう。)
「……………。」
「ねぇ、詩音…答えてよ」
悟史は詩音を抱き締める力を、更に強くして、涙が出そうなのを必死に耐える。
「……好きだから。それじゃ、理由になりませんか…?
ただ、私は悟史くんにずっと笑っていて欲しい。私は貴方の笑顔が、大好きだから……っ」
ねぇ、覚えてる?私と貴方が初めて会った時の事。
そう、あの時私は不良達に絡まれていて…その時、悟史くんが助けに来てくれた。
本当に嬉しかったんだよ?本当に……私なんかに、優しくしてくれて。
貴方と過ごした時間は短くても、私にとってはかけがえのない宝物だった。
「あの…悟史くん…………」
「ん?何………詩音……」
「えっと…やっぱり何でもないです」
「気になるよ…言って?」
「えっと…その………」
「うん………」
「手を繋いでも、いいですか……?」
詩音は頬を染めて、精一杯言葉を絞り出した。手を繋ぎたいなんて、妙に照れくさくて。
でも、次の瞬間、ぎゅっと温かい手が自分の手を包み込んだ。
パッと顔を上げて悟史くんの顔を見るとにこやかに微笑んでいる。それが嬉しくて、自然に笑顔になった。
「さぁ、帰ろう。詩音……!」
「は、はい…っ」
「帰ったら一緒に買い物に行こう。…手を繋いで」
「…!……はいっ!」
手を繋いで1歩を踏み出した。
この1歩は、とてもとても大きな一歩。今までずっと足踏みしていたのに、私はやっと前に進めたんだ。
悟史くんの前では笑っていようと決めた。でも、それは間違いだったんだと今なら分かる。
私は、悟史くんが傍に居れば、自然に笑顔になれるから。
意識しなくても、こんなに幸せそうに笑えるってことに、やっと気づいた。
こうして隣を歩いていると、彼の心臓の音が聞こえる。ドクンドクン、って一定のリズムで、とても心地よい音。
そ れ は 幸 せ の 音 色 。
(あなたが生きている音。とても、温かい音―――。)
>>あとがき
サトシオンめちゃめちゃ好きだぁああっ!
( 追記 )
見直しの際、ほとんど書き直しました。ほとんど原型を留めないほどに(苦笑
サトシオンは、手を繋ぐというのが凄く似合うなぁと思っているので、こんな感じに。
ラブラブバカップルもいいのですが、こういう初々しい感じも大好きです!
なので大満足。ずっと2人は手をつないで居て欲しい。(2009.03)
では、ここまで貴重な時間を使って読んでくださってありがとうございました☆
-2008.07.14-