大切な人が居ない。一番大切な人。
何処に居るのかも分からない。いつ帰って来るのかさえ………それは、とてもとても苦しくて痛いこと。
 
 
でも、わたくしはそれに耐えなくてはいけない。
 
でも、今耐えなくてもいい人が、耐えている…………
 
 
 
 
 
 
 
そ れ で も 、 し て い た い
 
 
 
 
 
 
 
「沙都子、見てください!月がとーっても綺麗ですよ」
「あら、本当ですわね」
「……今日は満月。素敵です」
「…………。」
 
 
詩音さんはとても嬉しそうに満月を見ている。
その満月の向こうに、詩音さんは一体何を見ているのだろうか。
私は知っている。気づいている。詩音さんが、満月の向こうに、にーにーを見ていることに。
 
 
「………詩音さん」
 
 
わたくし、ずっと思っていたことがあるんですの。
 
 
「詩音さんは、圭一さんの事どう思います?」
「へっ?圭ちゃんですか?」
「えぇ………」
「そうですねー、面白い人です。あと、ちょっと変態かな、でも、いい奴だとは思いますよー何ていうか……」
「詩音さん」
「はい?」
 
 
 
「詩音さんは……恋、してませんの?」
 
 
 
「沙都子………?」
 
「わたくしは、圭一さんいいと思いますわよ。温かいですし、何ていうか…傍に居て安心すると言うか、
 それに、圭一さんなら絶対、詩音さんの期待を裏切ったりしないと思いますわ。
 魅音さんも圭一さんのこと好きなんですわよねぇ………詩音さんは、圭一さんのこと、どう思ってますの?」
 
 
沙都子は、泣きそうになりながら言葉を紡いだ。
何が言いたいんだろう。
詩音さんに圭一さんを勧めて、何になるんだろう。…何が、したいんだろう。
 
 
 
「………好きですよ」
 
 
「えっ?」
 
 
「好きっ!好き好き好き好き、好き!!」
 
 
「し、詩音さん………?」
 
 
 
 
 
 
 
「私は、北条悟史くんが大好き……!!」
 
 
 
 
 
 
「……………っ!」
 
 
わたくしの目から涙が溢れた。それに気づいて、詩音さんは私の肩を抱き寄せる。
優しかった。昔、にーにーがしてくれたみたいに。
同じくらい温かくて………優しくて。
にーにーの笑顔、思い出した。
 
 
「沙都子……私は、悟史くんが好き。この想いだけは誰にも変えられないの……」
「………。」
「待ちたいんです。彼の帰りを」
「………。」
「会いたいんです。もう1度」
「………でも、」
「悟史くんは、必ず帰って来る」
「…………っ」
 
 
 
 
「私は、今も恋してますよ。ずっと、ずっと……」
 
 
 
 
貴方が居なくなってから、もうちょっとで1年が経とうとしています。
圭ちゃんが転校して来てから、1ヶ月ぐらい経ちました。
もうすぐ、綿流しのお祭りです。
 
私は恋しています。
 
たとえ貴方が何処に居るのか分からなくても、
いつ帰って来るのか、
今何処で何をしているのかさえ、全然分からなくても、私は貴方に恋しています。ずっとずっと、恋しています。
 
 
 
 
「……苦しくて、痛いんじゃありませんの?」
 
「苦しくて、痛いですよ」
 
「悲しくて、胸が張り裂けそうで……寂しくて……」
 
「はい……」
 
「詩音さんがそんな想いする必要、ありませんのに………っ」
 
「…そうかもしれませんね」
 
「なら、どうして……っ」
 
「沙都子、忘れる方が、辛くて痛いんですよ。」
 
 
 
会えない事も、辛くて痛い。
でも、貴方のことを忘れる方が、もっともっと辛くて痛い。
悟史くん、私は貴方の事を覚えています。
ずっとずっと覚えています。
 
貴方はとても素敵な人。笑顔も、声も、てのひらも。
そして、とてもとても優しい人だってことも、全部。
 
 
 
「そんな事…沙都子が一番よく分かってるんじゃありませんか…?」
 
 
 
にーにーの帰りを待つ。
それは、にーにーを傷つけ追い詰めてしまったわたくしにできる、唯一の罪滅ぼし。
もう1度会いたい。
もう1度頭を撫でて欲しい。
……違うんですの。そうじゃない。
 
 
「……にーにー……謝りたい………っ」
 
 
いっぱい辛い思いさせてごめんなさい。
沙都子はいい子にしてるよ。
だから、帰って来て。
もう我侭言ったりしないから、もう絶対に迷惑かけないから、だからずっと一緒に居て――――
 
 
 
「悟史くんは許してくれますよ。絶対に」
 
「…………っ」
 
「とても、優しい人ですから」
 
「ねーねー……」
 
「沙都子、確かに好きな人が傍に居ない事は寂しい。
 でもね、私は……私は、その寂しい気持ちを我慢してでも、悟史くんの事好きでいたい……!」
 
 
 
あの人がくれた温かさ。
あの人がくれた思い出。
あの人がくれた………恋。
 
 
全部全部、私にとっては大事な宝物なの。
ずっとずっと、大切にしていきたいの………悟史くんの事、想っていたい……
 
 
 
 
 
「沙都子……大丈夫ですよ。1人で抱え込む必要なんてないんです」
 
「……でも、でも…っ」
 
「1人で辛い思いをするよりも、私と一緒に、その気持ち分け合いませんか。
 悟史くんが帰ってくること、2人で信じて待ってましょう」
 
「………っ」
 
「まぁったく、悟史くんは今何処で何をしているんでしょうか…
 こんな可愛い妹と、こんなに美しくて気立てが良くて大和撫子なナイスバディの超・美少女が待ってるのに。
 こんなに待たせるなんて大罪です。帰って来たらメイド服の刑にして、診療所に連れて行きます。」
 
「……ちょっとお待ちくださいませ。一部間違いを発見しましたわ」
 
「あら?何処が間違ってるっていうんです?可愛い妹、ですか?」
 
「違いますわ!美しくて気立てが良くて大和撫子な超・美少女って所に決まってますでしょう!?
 合ってるのは、無駄にでかい胸だけですわ!」
 
「無駄にでかいって何ですか…!沙都子が無さ過ぎなだけです…っ」
 
「わたくしまだ小学生ですわよ!?」
 
 
 
2人とも顔を見合わせて、何処からとも無く笑い声が漏れた。
2人で笑って、頬を伝う涙を拭った。笑っていよう。にーにーが帰ってきた時、笑顔で出迎えられるように。
 
 
「おかえりなさい」と、胸を張って言えるように。
 
 
にーにー、早く帰って来てね。
わたくしは待ってます。詩音さんも待ってます。みんな待ってます。
 
 
 
 
「悟史くんも、この月見てるでしょうか………」
 
 
 
 
詩音さんは窓の外に浮かぶ満月を見て呟いた。
満月にうっすらとにーにーの笑顔が浮かび、私はまた目頭が熱くなる。
首を振って、今度は涙じゃなく笑顔を向けた。
 
 
 
「にーにー………」
 
 
 
月を見ている詩音さんも、上を向いて懸命に泣かないようにしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ずっと待ってる。わたくしは、ずっとずっと、にーにーの帰りを心待ちにしていますわ。
 
それに、もう1人にーにーの帰りを心待ちにしている方が居るんですのよ。
ちょっと変ですし、強引で短気な方なんですけど……
 
 
とても、一途で強い人。
 
 
わたくしはその人と一緒に待っています。
 
 
 
 
いつまでも、貴方の帰りを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>あとがき
 
沙都子とねーねー!あぁ、もうこの2人なんでこんなに強いんですか…!(号泣
沙都子は、自分が悟史の帰りを待つのは当然だと思ってると思います。ですが、詩音は……
 
だから、沙都子の立場で見れば、詩音にはにーにーの事は忘れて、
今居る人に恋して、辛い想いとかしないで欲しいと思っているかも知れない。
いつ帰って来るか分からない人を待つよりも、そっちの方が幸せと考えるかもしれない。
でも、詩音は悟史への想いを貫きたいと考えていると思う。
沙都子と一緒に待ちたいと思ってると思うんです。(あ、このサイトでは詩音さんは圭ちゃんの事なんとも思ってませんよw)
 
…そんな事を考えながら書いたのがこれでした。
はい、とっても楽しかったです。設定的には、祭囃し編頃。この後、詩音は悟史と再開……みたいな。
 
っていうか、本当にどれだけ切ないカップル&兄妹なんですか…!
だからこそこんなに好きになったんだと思います(笑
 
では、ここまで読んで下さってありがとうございました…!
 
-2008.11.02-
inserted by FC2 system