私は誰?魅音じゃないよ、でも、詩音でもない。
 
じゃぁ私は誰なの?だって、私達はふたつでひとつ――――。
 
 
 
 
 
 
 
ひとり、ふたり。
 
 
 
 
 
 
 
私達は運命に打ち勝った。
おかげで、私は幸せな日常を手に入れ、診療所で眠っていた悟史くんも目を覚ました。
今日は、その悟史くんと想いが通じ合い、身も心も結ばれた日。だから、最高に幸せな朝になる、はずだった……


「詩音、起きて……」
「う…………」
「もう朝だよ」
「んん……………あ、れ?」
「やっと起きた…おはよう、詩音。」
「…………。……さ、悟史くん!?お、おはようございます…っ!」
 
 
目が覚めて、まず私が最初に思ったのは、どうして悟史くんがここに……?だった。
なぜなら、私はまだ夢の続きだと思っていたから。

(あぁ…良かった。あれは夢だったんだ。)

…今日、私が見たのは遠い昔の、自分。
私たち双子が名前を引き離される前の……私が本当の魅音で、お姉が本当の詩音だった……
 
 
 
 
 
 
幸せだったのか、不幸だったのか、
 
魅音だったのか詩音だったのか、分からなかったあの頃の夢を。
 
 
 
 
 
 
大人の事情によって、ある日突然区別させられ、
 
無理やり引き離された私達――――
 
 
 
「…………詩音?」
 
 
 
どうして今更こんな夢を……もう昔の話じゃないか。
悟史くんの隣で、こんな夢を見た自分自身に腹がたつ。
私は詩音。悟史くんが褒めてくれた名前。そう、私は詩音なんだ。詩音でいいんだ。
今の私はこんなに幸せ。なのに、何で今更こんな夢を見なくちゃいけないの……!?
 
 


「どうしたの?何か嫌な夢でも、見た……?」


 
 
悟史くんの声で、私はハッとした。
いけない、悟史くんに心配かけちゃってるじゃない……!
私は悟史くんさえ居てくれればそれでいい。
彼の傍に居て、彼が笑ってくれさえすれば、それだけで嬉しいの!他に何も望まない。他を望むなんて図々しい。
 
 


(私は、悟史くんの傍に居られれば、それだけで、いい―――。)
 
 


だから、悟史くんに嫌われる事はしてはいけない。絶対に!!
今度彼に見捨てられたら……私は、もう、立ち直れないから……
「何でもないです……悟史くんこそ、ゆっくり眠れました?」
今出来る最高の笑顔でそう聞き返してみたが、悟史くんはとても悲しそうな顔を私に向けた。
 
 
 
 
 
「むぅ……僕、詩音に隠し事はして欲しくないな。」
 
 
 
 
 
悟史くんは布団の中で私を抱き寄せて、優しく頭を撫でてくれた。
…どうして、分かるの?私の演技、お姉も、お母さんも、鬼婆も、誰一人気づかないのに。
 

「良かったら…なんだけど、その……教えてくれないかな?」
「えっ…でも……私別に……」
「僕、そんなに頼りないかな……」
「…………そんなこと、ない。」
「じゃぁ、話して欲しい。でも、言いたくないなら、無理に言わなくていいから……」
「……………っ」
「僕は詩音の味方だよ」
 

優しい声―――――。

どうして悟史くんはこんなに何かもお見通しなの?私の事、どうしてそんなに分かっちゃうの……?
(誰も、誰も気づいてくれないのに。ちょっと笑って誤魔化せば、みんなすぐに納得するのに……)
悟史くんだけは違う。私の事、本気で理解してくれようとしている。



悟史くんに、話したい―――――。

でも、駄目。私達の秘密は、誰にも知られてはいけない。それが私達双子の暗黙のルール。
口に出さない態度に出さない文句を言わないお互いを恨まない。
これは、私達が生きていくための、一緒に生きていくための大切なルールだから……


たとえ、悟史くんでも。
 




……ごめんね、魅音。
分かってるんだよ。でも、悟史くんには全部知ってもらいたいの。
 
 
 
 
 
私の事を、全部知って欲しい。
 
きっと、彼は私の全てを受け入れてくれるって、信じてるから……。
 
 
 
 
 
「悟史くんは、魅音と詩音、どっちが好きですか……?」
 
 
 
 
 
まさか、こんな質問が来るとは思っていなかったんだろう。
彼は困ったように首を傾げた。そして一言。誰でも口にするであろう返事を返す。
 
 
 
「魅音は魅音で、詩音は詩音だよ?」
 
 
 
その通り。みんながそう思うだろう。
だって、私達は双子だもの。そっくりそのまま、お互いのコピー。でも、同じじゃない。
私とお姉は違う。私は悟史くんの事が好きだけど、お姉は圭ちゃんが好き。
 
 
そう、魅音と詩音は違うのだ。似ているだけで、同じじゃない………!
 
 
 
 
「私が、本当は魅音だったらどうします……?」
 
 
 
 
その時気づいた。私の頬に、涙が伝っていた事に。

正直、私が一番驚いた。どうして私の目から涙が出てくるんだろう?
私は、―自分でも気が付かない所で―まだ、“魅音”に未練があるのだろうか。

違う、未練なんてない。だって、私は園崎なんかに興味がない。どうでもいい。
園崎の頭首になって雛見沢を、他の御三家の頭首たちと一緒にまとめていく存在?
冗談じゃない――――どうして私がそんな事しなくちゃいけないの!?
(心のどこかで、その嫌な役を魅音に押し付けたことを、後悔していた……?)



でも、それでも、魅音が羨ましかった…………。



(魅音だったら、みんなから優しくされた。)
(魅音だったら、聖ルチーアに監獄なんてされなかった。)
(魅音だったら、悟史くんと一緒に過ごせた。)
(魅音だったら、自分を偽らず悟史くんに会えた。)

(もし、私が魅音だったら……………)
 
 
 
 
 
 
「み、おん………?」
 
 
 
 
悟史くんは困惑しながらも、どうにか一言だけ、言葉を搾り出した。
今更、私は悟史くんに“事実”を打ち明けて何がしたいんだろう、と思った。

(慰めて欲しい?同情して欲しい?……………分からない。でも、もしかしたら私は………)
 
 
 
 
 
 
私はただ、誰かに聞いて欲しかった……だけなのかもしれない。
 
 
自分の声を。
届かなくて、かき消されてしまった声を。
 
 
 
 
「幼い頃……魅音と詩音を決める日に、私達は入れ替わってしまったんです。
 そして、もう2度と戻れなくなった………私は、魅音から詩音になって、詩音は魅音に。誰も……」
 
 
 
 
誰も気づいてくれなかった。
 
 
 
 
 
「そうだったんだ……」
 
 
悟史はそれ以上何も言わず、ただ目の前の少女を抱き締めた。
強く抱きしめたら、壊れてしまいそうな気がしたから、出来る限り優しく……
 
腕の中にいる少女の悲しみと絶望が、伝わってくる気がした……
自分が自分でなくなる。たとえそれが双子であったとしても、きっと辛かったに違いない。
 
 
「悟史くん…私……貴方に会えてよかった」
 
「えっ……」
 
 
 
「貴方に出会えて、私は救われたの……
 あの頃、貴方に魅音としてでしか会えなくても、どんなに辛くても痛くても、私は幸せだった。本当だよ?でも、私は………」
 
 
 
だけど、私には、貴方の苦しみも悲しみも消す事が出来なかった。どうしようもなかった。
 
貴方のことを想えば想うほど、空回り。
助けたかった。救いたかったよ……でも、私にはそれが出来なかった…!
 
 
 
だって、私は―――――。
 
 
 
 
「ねぇ、貴方は魅音と詩音……どっちの“私”を好きになる?」
 
 
 
 
貴方を救えなかった詩音と、貴方を救えるかもしれなかった魅音。
もし、選べたなら、貴方はどっちの“私”を好きになってくれただろうか。
 
 
 
 
 
正直に、聞きたい。と詩音は小さく呟く。
 
悟史はその問いに、どう答えればいいのか分からなかった。どの答えが一番ベストなのか……
 
 
 
詩音が好きだ、と言えば多分彼女は納得しないだろう。
魅音が好きだ、と言えば多分彼女は自らの立場に絶望するだろう。
 
分かっていた。直感で。今の彼女にはこの2つの答え、どちらもベストではない事に。
でも、これ以外の答えも見つからない。
じゃぁ、どうすればいい?どうすれば君を救える?君は僕を救ってくれた。
暗い闇の底から引っ張り出してくれた。お礼を言いたい。恩返しがしたい。

詩音が長い間苦しんできたことから、救ってあげたい……
 
 
 
 
 
 
「僕は、君が好きだよ………。」
 
 
 
 
 

この答えが、いっぱいいっぱいだった。
圭一のように上手く口が回る訳ではなく、おまけに悟史は自分の気持ちを表に出す事が苦手だ。
ピンチを上手く切り抜ける容量の良さも、ない。
だからこそ、悟史は素直で純粋だ。詩音の問いに上手く答えることが出来ない。それなら、自分の正直な気持ちを伝えればいい。
 
 
その答えが一番であると、計算ではなく無意識に分かる。
 
 
 
「悟史くん………」
 
 
 
たとえ、魅音でも詩音でも、僕は“君”を好きになるよ。
 
 
 
 
「ごめんね…僕にはこんな答えしか、言ってあげられなくて………」
 
 
 
 
頭を優しく撫でながら、悟史は悲しそうに笑った。
 
目の前に居る少女は、元々は園崎家時期頭首・魅音だったのだ。
それなのに、入れ替わり、今まで詩音として過ごしてきた。
そのことで、彼女がどれだけ辛く悲しい思いをしたのか、僕には分からない。でも、きっと辛かったんだと思う。
 
 
 
 
 
それなのに、この少女はずっと笑っていた。
 
僕を待ってくれていた。
 
僕は、君に何もしてあげられないのに、いつも傍に居てくれた。
 
 
 
 
 
「そんな事無い、ありがとう……悟史くん…っ」
 
 
 
 
 
私は、詩音。出家させて寺に閉じ込めるという意味。
魅音は鬼で、詩音は人間。
魅音も詩音も、お互いの名前から逃れられない。
 
 
 
 
私が、こんなに苦しくて悲しいのは、魅音に未練があるからじゃない。
 
私は詩音だったから、貴方を救えなかった。
私が魅音だったら、きっと貴方を救ってあげられた……!
 
 
それが苦しくて、悲しくて、悔しくて…………。
魅音であったならば、貴方を救えたのではないかと。貴方がここまで苦しまなくて済んだのではないかと。
そう思うと、やるせなかった。
 
 
 
「詩音は、魅音に戻りたい………?」
 
「うぅん、私は詩音がいい」
 
「どうして?」
 
「私の願いは、もう叶ってるから……」
 
「詩音………」
 
「だからね、私。きっと、“詩音”のこと、好きになれる気がする……」
 
 
 






詩音は再び悟史の腕の中で眠っていた。
悟史は、詩音の顔にかかった長い緑色の髪をすくって、耳にかけてやる。
 
 
「今までよく頑張ったね……」
 
 
きっと、誰かに言いたかったんだよね。
この小さな体に全ての罪を背負い込んで、懸命に“詩音”になろうと頑張ってたんだよね。
 
 
 
 
詩音は、僕に救われたって言ってたけど、本当はそんな事ないんだ。
 
救われたのは、きっと僕の方………
 
 
 
 
 
「僕には聞こえたよ、詩音の声………」
 
 
 
  
 
 
君の声が聞こえたから、僕は今ここに居られるんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




>>あとがき
 
何が書きたかったのかイマイチ自分でも分かりません。
何か自分でも微妙だな、と思ったので結構長い間放置してました。
 
ただ、悟史はどっちの“詩音”を好きになってくれるのかなと思ったのが始まりです。
魅音としての彼女、詩音としての彼女。もし、選べたなら、悟史はどっちを選ぶのか。
 
私はどっちの“詩音”も悟史なら受け入れてくれると思うんですが。
(ただ詩音に「魅音と詩音どっちが好き?」と悟史に尋ねさせたかっただけな気もする…)
っと言いつつ、悟史は上手く答えらなくて「むぅ…」で良いです。か・わ・い・い……!(きゅんきゅん☆)
 
 
↓この台詞が凄く気にいってます。
 
貴方を救えなかった詩音と、貴方を救えるかもしれなかった魅音。
もし、選べたなら、貴方はどっちの“私”を好きになってくれただろうか。
 
では、貴重な時間を使ってここまで読んでくださってありがとうございましたー☆
 
-2009.01.28-
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