梨花が死んでしまった。
 
ここは、戦うべき戦場にも行く事が出来ず、夢半ばで終わりを告げた、昭和57年の世界。



 
 
 
 
 
 
最後に触れたのは、
 
 
 
 
 
 
「うっ…梨花ぁ………」
 
羽入は泣いていた。
空から無数の雨が降り注ぐ中、羽入はその雨音にも負けないほどの大声で、泣いていた。
理由など簡単だ。梨花が死んでしまった。
 
苛めに合う、沙都子を助けようとしただけなのだ。
それなのに、梨花のたった少しの油断が、彼女をそのまま死へと導いてしまった。
 
 
今回は、戦いの場である昭和58年に辿りつく事も出来ないまま、終わってしまった彼女の世界……。
 
 
 
 
 
 
「ボクは…また、何も出来なかった……っ!」
 
 
何度繰り返せばいいんだろう。何度、同じ過ちを繰り返せばいいんだろう。
未来を変えようとすればするほど、悲劇は梨花に意外な方向から牙を向く。
 
 
 
今回だって、少しいつもと違う事をした、それだけなのに――――。
 
 
 
 
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
 
 
 
 
さぁ、早く次の世界に行かないと…
(でも、待たせている梨花には悪いけど、もう少しだけ休ませて。ここで少しだけ泣いたら、また前を向いて頑張るから。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「泣いてるの……?」
 
 
えっ………?
突然優しい声が羽入の耳に届き、羽入は慌てて顔を上げる。
 
すると、そこには傘を差し、ボクに向かって微笑んでいる悟史が居た ――――。
(いや、違う。悟史にボクの姿は見えない。気のせいに、決まっている……)
 
 
 
「…見かけない子だね。君は、何処から来たの?」
 
 
 
もう1度、悟史は口を開く。
羽入は目を見張った。ここにはボクしかいない。じゃぁ、悟史は一体誰に語りかけているというのか。
まっすぐとボクを映す悟史の瞳に、ボクは戸惑った。
だって、ボクの姿は梨花にしか見えないはず。悟史に見える訳がない。
 
 
 
………でも、
 
 
 
 
「ボクに言っているのですか…?」
「うん、そうだよ」
「ボクの姿が、見えるのですか…?」
「むぅ……ちゃんと見えるよ」
「………!!」
 
 
 
どうして、突然見えるようになったんだろう。
こんな世界は初めてだ。梨花が生きている間も、ボクはずっと悟史たちの周りをウロウロしていたが、
誰にも認識されることはなかった。
 
ただひとり、梨花にしか。
 
 
それなのに、突然どうして………?
 
 
 
「傘忘れたのかい?」
 
「あぅ……ぅ……」
 
「その服は、巫女装束………?」
 
「ぅ……」
 
 
 
何を言えばいいのか分からない。
ボクが悟史と、面と向かって話が出来る日が訪れるとは思わなかったし、
何より、もう何百年も梨花としか会話をしていないのだ。
 
戸惑い、葛藤、照れ。…………そして、喜び。
 
 
(今なら、言える。今まで、何度伝えたくても伝えられなかった。この想いを、)
 
 
 
「ごめんなさい……!」
 
「えっ?」
 
「ごめんないなのです……本当に、ごめんなさい…」
 
「何のことだい?僕、何処かで君に会った事があるの……?」
 
 
 
羽入はそのまま俯いた。伝えたい事は、伝えられた。
何度も貴方を救えなくてごめんなさい。何度も見ている事しかできなくてごめんなさい。
貴方のことも、沙都子のことも………詩音のことも、ボクには何にもしてあげられなくて、ごめんなさい…!
 
 
いつも謝っていた。だって、ボクには謝ることしかできなかったから。
でも、まさかこうやって、直接伝えられる日が来るなんて思っていなかった。
 
ほんの少しだけ救われた気がして、ボクは1人笑った。
 
 
 
 
 
「………?」
 
 
悟史は不思議そうに首を傾げていたけど、それでも良かった。
(だって、ボクはもうすぐこの世界から居なくなる。梨花の居ないこの世界から。ボクの居場所は、もうここにはない。)
 
 
 
 
 
「君の名前は何て言うの?僕は北条悟史」
 
「ボクは…羽入と申します」
 
「羽入…ちゃん?」
 
「なのです。でも、ボクは今ひとりぼっちなのです……」
 
「えっ?」
 
 
 
 
悟史に会えた。ボクの姿を見てくれた。
ボクがどんなに謝っても、泣き叫んでも、見向きもしなかったのに。それだけが嬉しい。
 
 
もう十分だ。
 
ボクはこの世界の奇跡に、少しだけ感謝した。
梨花、ボクはもうこの世界に未練はない。だから、すぐに行きます。また一緒に戦いましょうです。
 
 
 
「だから………」
 
 
 
次の瞬間、ボクの頭に悟史の手があった。
なでなでと撫でて、優しくそして温かい手のひら。
 
………梨花以外と、こうして触れ合えたのは、一体何百年ぶりだろう。
 
 
 
 
 
 
「君はひとりぼっちなんかじゃ、ないよ」
 
 
 
 
 
 
その言葉が、とてもとても嬉しかった ―――――。
(ボクは、ひとりぼっちじゃないんだ。ありがとう、悟史………)
 
 
必ず来る運命と、気まぐれな奇跡に弄ばれながら、ボクたちは進む。
 
 
 
 
 
 
 
最後に触れたのは、この世界の奇跡。
 
(ボクの頭に残る温かい感触は、間違いなく気まぐれに吹いた奇跡だった。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>あとがき
 
…えっ?この話の悟史の立ち位置って、普通圭一じゃね?
でしょうね!でも、このサイトは悟史溺愛だから、悟史でいいんです!!
(何か、圭一が相手だとCPっぽくなるのに、悟史だとそうでもない気がしませんか…?圭一とヒロイン達が並ぶとやっぱ……流石主人公←)
 
何処かの世界のIfの世界。
たまにはこういう世界もあっていいんじゃないかな、と。
 
では、ここまで貴重な時間を使って読んでくださってありがとうございました☆
(ちなみに背景の花は、松葉海蘭と言って、花言葉は『喜び』だそうです。)
 
-2009.02.24-
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