真夜中の訪問者
 
 
 
 
 
  




真夜中、北条悟史は魘されていた。悪夢に魘されているのではない。
しかし、おそらく夢と現実の間で、自らに忍び寄る影に気づいていたのだろう。

全身から汗が吹き出る。寒気もする。そんな居心地の悪さから逃れるように、悟史はごろんと寝ていた体制を変えた。
まるで金縛りにでもあっているような、この身の毛もよだつ不快感。
そんな蛇に睨まれたカエルのような気分を痛感しながら、悟史はずっと恐ろしい“何か”を敏感に感じ取っていた。
……そんな邪悪な気配が、ゆっくりと、そして確実に近づいてくるのを感じ、悟史はう〜んう〜んっと呟く。




不意に、悟史の目が覚めた。
 
「むぅ…………」
 
恐る恐る気配がした方向に視線を向けると、はぁ…はぁ……と荒い息遣いをし、
目をギラギラと怪しく輝かせながら、今まさに自分に襲い掛ろうとしている何かが、そこに居た。
 
 
「う、うわぁぁぁああ!!」
 
 
襲われる!…っと直感で感じた。
しかし、次の瞬間思いもよらなかった言葉が返って来る。
 
「酷いですぅ…」
「えっ?」
「もう、そんなに驚かなくても…ビックリしちゃいました」
「し、詩音………?」
 
ビックリしたのはこっちだよ…と思いながら、
あの恐ろしい怪物の正体が愛しい恋人だと分かり、悟史はホッとして息をつく。
ごめんごめん、と頭を撫でれば彼女の機嫌は直ったようで、にこっと満面の笑顔で微笑み返してくれた。
 
 
「って!どうして詩音がここに!?沙都子の部屋で寝てたんじゃ……」
「いやーん♡私がこんな無防備な悟史くんをほっておける訳ないじゃないですかぁ」
「む、むぅ……?」
「もう!パジャマ姿は可愛いしですし、胸元は肌蹴ちゃってますし…誘っているようにしか見えないんですからぁ〜♡」
「……あれ、もしかして……」
 

凄くすごーく嫌な予感がした。
そんな僕に追い討ちをかけるように、詩音は微笑んだ。凄く、可愛らしい笑顔で。
 
 
 
 
 
「ご名答です。悟史くんを夜這いに来ました☆」
 
 
 
 
 
「む、むぅ……!!?」
「あれ?悟史くん、意味分かりますぅ?夜這いですよ、よ・ば・い!」
「な、何言ってるんだよ、詩音!!」
「あ、意味分かってるんですか。じゃぁ、説明する必要ないですよね〜!」
「うわぁあ!し、詩音ってば、ダメだよ……っ」
「ウフフ、抵抗しても無駄ですよ。私はこの日のために、たっくさんイメージトレーニングして来たんですから」
「イメ…トレ………むぅ」
「さぁ、とりあえずこの邪魔な布は剥ぎ取っちゃいましょうか☆」
「だ、ダメだってば……あっ」
 
 
 
 
 
間。
 
 
 
 
「はぁはぁ……た、助かった……」
「もう、悟史くんったら本気で可愛いんですから♡冗談ですのに」
「む、むぅ……」(絶対嘘だッ!あの目は本気で襲うつもりだった…!!)
「さて、もう夜遅いですから、一緒におやすみしましょうー!」
「えぇ!?詩音、まさかここで寝るの!?」
 
 
詩音は勝手に布団の中に潜り込むと、僕の腕に自分の腕を絡めてくる。
そして、詩音は僕の質問に対して、当然ですと笑顔で返した。むぅ……それはちょっと、と思ったが僕は詩音の笑顔に弱い。
見た目はこんなに可愛らしいのに、中身にはとんでもない悪魔が潜んでいるんだ。
 
 
 
 
(むぅ…でも、やっぱり詩音のこと好き……。)
 
 
 
 
同じ布団の中に居る詩音に覆いかぶさり、ぎゅっと抱き締めると、詩音は少しだけ驚いた表情をした。
でも、すぐに頬を染めて嬉しそうに僕の胸に擦り寄ってくる。うん、やっぱり詩音は可愛い。
詩音が暴走すると、僕には手が負えなくなっちゃうんだけど、それでも、詩音が傍に居ると心が安らぐんだ。
 
 
「悟史くん……」
「詩音、あったかい」
「そ、そんなの反則ですよ……っ」
「だって本当のことだよ。詩音はあったかくない?」
「ぅ……ぁ、あったかいです………」
「良かった」
 
 
本当は夜這いがしたかった訳じゃなかった。ただ、悟史くんと一緒に寝たかっただけ。本当ですよ!?
…ただ、悟史くんの寝顔があまりにも可愛くて、思わず理性が吹っ飛んでしまって……
(あの時彼が起きてくれなかったら、多分本気で襲ってましたけど)
 
 
 
 
「……あの、迷惑でしたか?」
 
 
 
 
こんな真夜中に押し掛けて……。当初の予定では、起こさないようにこっそり中に入るつもりだった。
それなのに、悟史くんは勘が鋭いのか何かを感じ取ったのか分からないが、結局起こしてしまって……。
悟史くんは快く中に入れてくれたけど、でも……。
 
 
 
「そんな事ないよ!……とっても、嬉しかった」
 
 
 
悟史くんは恥ずかしそうに頬を赤く染めて、よしよしと頭を撫でてくれた。
悟史くんはやっぱり優しい。こんなに優しい人、世界中探したって他に居ない。
 
 
「……良かったです」
 
 
あぁ、悟史くんのことが好きで好きで、たまらない。
 
 
 
「詩音…もしかして眠れなかった、とか?」
「えっ?」
「いや、僕も前圭一の家に泊まりに行った時、夜緊張して眠れなかったんだ。だから詩音もそうなのかなって」
「…悟史くん、圭ちゃん家に泊まりに行ったりするんですか?」
「うん、年が近いのって圭一ぐらいだし、それに圭一のお父さんもお母さんも凄くいい人なんだ!
 だから、僕でも気軽に泊まりに来ていいって言ってくれて……友達の家にお泊りなんて、
 初めてだから凄く緊張しちゃって、だから夜中々寝付けなくて…凄く迷惑かけちゃったんだけど……」
「だけど?」
「一晩中、僕の話相手になってくれたり、一緒にゲームしたり、圭一って本当に、凄くいい子だなぁって」
「………そうですね。」
 
 
 
何だか、圭ちゃんが羨ましいな。悟史くんに、こんなに信頼されてて。
私は恋人って言っても、悟史くんに何にもしてあげられない。
病気のことも、家庭のことも、悟史くん自身にも、何かしてあげたいって思うのに、私には何も出来ない。
 
ただ、傍に居るだけ。
こんな事しか出来ないから。こんな事しかしてあげられないから。
 
 
(だから、ちょっとだけ、悔しいな。)
 
 
 
 
 
「僕は幸せ者だね。沙都子も居るし、いい友達にも恵まれていて。
 それに、こんなに可愛い彼女まで居るんだもん。僕は、世界一の幸せ者だよ…!」
 
 
 
 
悟史くんは私の頭を撫でながら微笑んでくれた。
悟史くんは、自分で自分の事を、『世界で一番の幸せ者』と言った。でも、それは違うよ。
 
『世界で一番の幸せ者』は、きっと、私――――。
 
 
 
「じゃぁ、そろそろ寝ようか」
「は、はい……そうですね!」
 
 
 
 
 
 
「おやすみ、詩音。」
 
 
 
悟史は詩音のおでこに、そっと口付けを落とす。
詩音の顔は文字通り真っ赤になったが、それには触れず、悟史はにこやかに微笑み返した。

「おやすみなさい……」

そして、そのまま優しく腰に手を回し、ゆっくり目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
(ね、眠れない………もう悟史くんだけぐっすり寝ててズルいですよ!)
( ……でも、もう起こしませんから、)

詩音は悟史の前髪をかきあげて、おでこにキスを落とす。
 
 
―――――だから、どうかいい夢を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 




>>あとがき
 
沙「にーにー!大変ですわっ!朝起きたら詩音さんが消え……」
梨「みぃ…詩ぃは悟史の横で眠ってるのです」
沙「まったく人騒がせですわね……」
梨「では、ラブラブバカップルはほっといて、朝ご飯の用意をしましょうです」
沙「賛成ですわ……」
 
 
これ、最初はタイトルを『悪魔の訪問』にするつもりでした(爆
もう有無を言わさず、ただ最初のシーンを書きたかっただけに書いたものです。テーマは夜這い。
いや、詩音ならするんじゃないか?と……(凄く楽しかった^^^^
このまま裏行ってもいいんじゃね?と考えた自分に乙。誰も望んでいないだろそれは笑。
もうちょっと身に迫る危険を表現できたらよかったなぁ……そこだけが残念です。
私はサトシオンが一緒に寝たりするシーンを書くのが大好きなので、また書きたい。(もうこれで何度目orz)
 
では、ここまで貴重な時間を使ってくださってありがとうございました☆

-2009.03.07-
 
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