ワ ス レ ナ グ サ
 
 
 
 
 
 
 
 
貴方はただ、大好きな人を守りたかった。
 
(結果的に大好きな人を悲しませたとしても、たった1つの願いを、叶えてあげたかった……。)
 
 
 
 
 
 
 
 
「詩音ー!こんな所で何やってるの?」
「ささ悟史くん…!」
「中に入らないの?」
「えっ……えと、その……」
 
悟史くんの家の前で、中に入ろうか止めようか迷っていた時、
ちょうど買い物帰りの悟史くんに見つかってしまった。
 
別に用はないのだ。ただ、急に会いたくなっただけで……特に用はない。
だからこそ、家の前まで来たのに中に入るのを躊躇っていた訳で………そうだ、一目会えただけでもいいじゃないか。
 
 
「な、何でもありません…!えっと、失礼しましたっ」
 
「えっ?ちょ、ちょっと待って…!」
 
 
そのまま走り去ろうとした時、悟史くんにぎゅっと腕を掴まれた。
私がすぐに驚いて振り返ると、悟史くんと目が合う。
しばらくの間、そのまま見つめ合っていたが、不意に何かに気づいたように悟史くんが視線を逸らした。
 
 
「ご、ごめん……」
 
 
そうバツが悪そうに呟いて、悟史くんは私の腕を離す。
 
 
「い、いえ……」
 
 
そのまま2人とも何を言えばいいのか分からず、しばらくの間重い沈黙が続いた。
どうしよう。何を言えばいいんだろう。たまたま雛見沢に来て、たまたま1人で散歩をしてて、
たまたま悟史くんの家の前を通りかかったから……って、駄目駄目!そんなんじゃ駄目!何の言い訳にもならないし、いくらなんでも不自然すぎる。
 
 
(もう、何やってるんだろ……私………。)
 
 
 
「詩音……これから、何か用事ある?」
 
「へっ?」
 
「いや…一緒に、散歩でもどうかな、って」
 
「私、と……?」
 
 
 
うん、と少し照れたようにはにかむ悟史くん。
私は嬉しくなって、元気な声で返事を返した。悟史くんと、2人きりの散歩。
あぁ、今日はなんていい日なんだろう。
 
 
悟史くんと、一緒に居られるだけで幸せなのに。
 
 
でも、とても胸が苦しい。こんなに痛い理由が分からない。
私は何を望んでいたんだろう。悟史くんに、何をして欲しいんだろう。悟史くんは、既に私にたくさん大切なことを教えてくれた。
 
 
 
これ以上、私は“何が”望みなんだろう――――。
 
 
 
 
 
「うん、いい天気だね……」
「そうですね」
「こういう日ってさ、フラリと外に出たくなったりしない?」
「します、します!」
「今日の詩音もそうだったの?」
「……え?…そ、そうなんですよ!ちょっと外に出たくなって、でも行く所がなくて……あはははっ」
「あはは、たまにあるよね。そういう日」
 
 
 
買い物から帰った時、家の前に君が居た。
正直、胸が弾んだ。ゆっくりだった足が、いつの間にか駆け足になっていて。
君に声をかけると、少し驚かせてしまったみたいでちょっと慌ててた。でも、そんな様子も何だか可愛くて……
 
 
 
「あ、見て…詩音」
「何ですか?」
「あの花だよ、勿忘草」
「あの青い花ですか?」
「そう」
 
 
道端にひっそりと咲いていた青い花。
悟史くんが教えてくれた花の名前は“勿忘草(ワスレナグサ)”。誰だって1度は聞いたことがある名前だろう。
 
 
「可愛い花なんですね」
「うん、でもあの花には結構悲しい話があるんだよ」
「悲しい話……?」
「うん……」
 
 
 
昔ね、恋人同士の騎士と女の人が、ドナウ河の岸辺を歩いていたんだ。
その時、女の人が、ドナウ河の川河を流れる一束の青い花を見つけて、それを欲しがった。
 
騎士は恋人の願いを叶えようと、すぐに河に飛び込んだんだ。
でも、思ったよりも河の流れは速くて……青い花に手が届いた時、騎士は急流に飲み込まれて……
 
 
 
 
「それで、どうなったんですか?」
 
「うん、騎士は重い鎧で身体の自由が効かなくて、助からないと悟った。
 だから、最後の力を振り絞って、恋人に向かって花を投げたんだ。そして、“私を忘れないで”って叫んだらしいよ」
 
「それから?」
 
「それから……むぅ……」
 
 
 
 
悟史くんの表情を見て、私はその後、騎士がどうなったのか悟った。
そして、悟史くんは、その女の人は騎士の約束を守り、死ぬまでその花を髪につけていたらしいとだけ教えてくれた。
 
勿忘草。その名の通り、その花には“私の事を忘れないで”という願いが込められている。
 
 
 
 
――――忘れるもんか。
 
(本当に好きだったなら、何があっても、どんなに時間が経っても、絶対に忘れたりしない。)
 
 
 
 
 
 
 
 
「その女の人も、結構あっさりですねぇ」
「えっ?」
「私だったら、そのまま飛び込んじゃいますね、絶対。死んでも助けに行きますよ」
「むぅ……一緒に溺れたら意味ないじゃないか」
「それでも!……絶対に行きます」
「あはは、詩音らしいや」
 
 
 
1人残されるその女の人の身にもなって欲しい。
きっと、凄く後悔したんだろうな……
自分があの花が欲しい、なんて我侭を言わなければ、その騎士は死なずに済んだんだから。
 
 
 
 
 
 
 
「……ねぇ、詩音は、僕のこと忘れたりしなかった?」
 
 
 
 
 
 
ボソリと聞こえた声。
私が悟史くんの顔を見ると、彼は私なんか見ていなかった。何処か遠いところを、見ていた。
 
 
「悟史くん……」
 
「――――何でもない。」
 
「…………。」
 
「でも、男は好きな人の願いなら、何でも叶えてあげたくなるんだ。だから、騎士はきっと満足だったと思うよ。」
 
「………花よりも、騎士が傍に居てくれる方が、その女の人にとっては、ずっとずっと嬉しい事だったはずです」
 
 
大好きな人がくれた花を一生身に付けるよりも、大好きな人が自分の傍に居る。
そっちの方が、ずっとずっと幸せなはず。願いを叶えてあげたかった、なんて都合のいい言い訳だ。

本当にその人の事を、想っていたなら――――。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………詩音、泣いてるの?」
 
 
 
 
 
 
 
気がついたら、私の頬には涙が伝っていた。
悲しいから。苦しいから。思い出したから。だって、貴方は大好きな人を守るために罪を犯した。
(どうだったのだろうか。叔母が居なくなる事と、悟史くんが居ること。どっちが良かったのだろうか。)
 
貴方は沙都子を守った。…そして、沙都子は貴方を失った。
 
 
沙都子は凄く凄く後悔した。そして、自分のしてきた事を、嘆いた。
(それはまるで、お話の中の騎士と恋人のようで、私は居た堪れなくなったんだ……)
 
 
 
「…………っ」
 
「ごめん……詩音……」
 
「ち、違います…!ちょっとゴミが入っただけで……別に、泣いてなんか……っ」
 
「詩音………」
 
「私は…っ、ずっと覚えてましたよ!忘れたりしなかった……ずっとずっと、覚えてた……!
 1日だって、忘れた日はなかったよ……っ!悟史くんの、こと……ずっとずっと…………ず、っと……っ」
 
 
 
何が言いたいのか分からない。涙も、言葉も、止められない。
どうしてこんな事ばっかり言っちゃうの……悟史くんにだって、事情があったんだ!
痛いほど分かってるじゃないか…それなのに、悟史くんを責める事ばっかり…言って………っ
 
 
(私、こんな自分が大嫌い………!!)
 
 
反射的に謝ろうとした瞬間――――悟史くんが、私を、優しく抱き締めてくれた。
 
 
 
「さ、悟史くん……」
「ありがとう、詩音」
「ごめんなさい……ごめんなさい……違うの、違う……」
「うん、分かってる」
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめ……っ」
「分かってるよ、大丈夫」
「う……悟史くん……っ」
 
 
 
彼の腕の中で、私は子供みたいに泣いた。
その間も、悟史くんは優しく抱き締めたまま、時折頭をあやすように撫でてくれた。――――温かい。
 
 
 
全部知っていた。分かっていた。
悟史くんは、沙都子の願いを叶えたかった、それだけなのだ。
 
沙都子の願いは、悟史くんの願い。
――――平凡で幸せに、みんなと笑って暮らしたい。ただ、それだけの願い。
 
 
 
 
 
でも、その願いの犠牲はあまりにも大きすぎた。
 
 
 
 
 
「詩音は、僕のこと覚えてくれてたんだね……」
 
 
コクリと、強く頷く。
 
 
「ずっとずっと、待っててくれたんだよね……」
 
 
もう1度、強く頷く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「………………ありがとう。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ずっとずっと、覚えていた。
 
忘れたりしなかった。
 
 
本当は、ずっと追いかけたかったんだよ。貴方の傍に行きたかったんだよ。
何処に居るのか、何をしているのか、
分かったらすぐに行ったよ。駆けつけたよ。
 
ほら、貴方の居場所を知った時から、私は貴方の傍に通ったでしょう。
忘れたりしなかった。忘れたくなかった。ずっとずっと、ずっと想ってたよ…貴方のこと、
 
 
 
 
 
(大好きだよ、大好き。貴方の事だけは、絶対に忘れないよ。忘れられない、貴方が私の最初で最後の、恋。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>あとがき
 
分かりにくい話ですいません(苦笑
勿忘草の花言葉にかけて、サトシオン中継でお送りしております〜。
 
騎士→悟史  恋人→沙都子
 
だから、分かりづらいんだと思います。詩音だとわかり易いんですが、話が噛み合わない(苦笑
女の人の願いを叶えるために死んだ騎士と、沙都子を守るために失踪した悟史で絡めているんです。
そして、それとは違う立場で、自分の事を覚えていたか、と問いかけた悟史に詩音が答えている感じになってます。
2つの立場があって、それが上手く絡められていないので、こんなに分かりづらくなってしまったのです。
申し訳ない……なるべくわかり易くなるように頑張ったんですが、自分の文章力ではこれが限界でしたorz
 
勿忘草の切ないお話を聞いたら、書くしかありませんでした。サトシオンで……!!
では、ここまで貴重な時間を使って読んでくださりありがとうございました☆
 
-2009.03.14-
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