もう、この手は絶対に離さないよ―――。
 
(だから、君もどうか僕の手を離さないで。そうすれば、ずっと一緒に居られるはずだから。)
 
 
 
 
 
 
 
未 来 予 想 図
 
 
 
 
 
 
爽やかな風と、温かな日差し――もうすぐ、春だ。
寒かった冬の終わりを告げるように、桜の木も徐々に花を咲かせていた。
 
とある日の休日。2人は桜並木の中を、手を繋いで歩いでいる。
 
 
「詩音、見て。」
「あ、桜……もう春なんですよね」
「うん、春だね」
「桜って寒ければ寒いほど綺麗に咲くって聞いた事があります」
「うん。温度差があればあるほど、綺麗に咲くって言うね」
「じゃぁ、今年の冬はとっても寒かったですから、きっと綺麗に咲きますね!」
「うん、そうなるといいね」
 
 
もう春だと言われても、まだ実際には3月だし、あまり実感が沸かない。
桜が咲くのだって毎年の事。それなのに、何故か今年は特別な気がする。
桜が咲こうと咲かまいと、今まで私は何の興味も示さなかった。でも、今年は悟史くんが隣に居るから……
 
だから、桜が綺麗に咲けばいい、なんて思っちゃう。私って本当に単純だな。
 
 
 
 
「もうすぐ桜の季節、か。」
 
 
 
 
悟史くんは、まだ退院したばかりだ。
彼は目覚めるまでに3年かかり、リハビリや新薬の研究などに約1年かかってしまった。
だから、私はもう高校3年生――――。
 
彼は、もうあの分校には戻れなかった。でも、これから先のことは、ゆっくり決めればいいと思ってる。
焦る必要なんてないし、やっと沙都子とも会えたのだ。今までの時間を取り戻して欲しい。沙都子も、悟史くんも。
 
 
だから悟史くんに、将来のこととか、今は考えて欲しくなかった。
 
 
「詩音は、これからどうするの…?」
「えっ?私は、とりあえず近くの大学に行こうと思います…って言っても私が決めた訳じゃないですが」
「うん?」
「鬼婆が、やりたい事が決まっていないなら、大学に行けって。まぁ、実際その通りだなと思いまして…」
「やりたい事が決まってないならそうした方がいいね」
「はい………」
 
 
やりたい事、か。私は悟史くんの傍に居られればそれだけでいい。
でも、現実問題それだけ、という訳にはいかない。
お金だって将来のことだって、もしもの時は自分が働いて、彼を養うくらいの経済力を身に付けなければ。
私はそれでもいいと思っている。雛見沢症候群の治療は一生続くし、何より彼にはもう無理はして欲しくないから。
 
 
 
「ねぇ、詩音……」
 
「はい?」
 
「僕、1人暮らしをしようと思うんだ」
 
「えっ!?ど、どうしてですか!?せっかく沙都子と一緒に居られるのに……!」
 
 
 
まだ彼が退院して半月ほど。まだまだ甘えたい年頃の沙都子を置いて1人暮らし、なんて。
でも、彼は寂しそうな笑顔で私に向かって微笑むと、私の手を握った。強く。
 
 
 
「沙都子は、もう僕が居なくても大丈夫だよ。」
 
「そんな事ありません…!無理してるだけなんですよ、あの子は…!」
 
「あはは、流石詩音。沙都子のことよく分かってる……でも、沙都子は本当に強くなったよ。
 だから、僕も強くならなくちゃ。沙都子に負けていられない……僕は、強くなりたい。」
 
「悟史くん……」
 
 
 
目が覚めたら、世界が変わっていた。
そう、僕の時間は止まってたんだ。僕は、まだ昭和57年に1人取り残されている。
今もみんなの時計は動き続けているのに、僕の時計は動かない。
 
だから、たくさんたくさん考えた。沙都子と一緒に暮らしながら、これからのことを真剣に考えた。
そして、出した結論がこれ――――“自立”だった。
 
 
 
「僕は全てを受け入れる…自分の罪も、境遇も、全て」
「…………っ」
「僕にとってはマイナスかもしれないけど、それでも、僕は」
「………で、でもっ」
「詩音はしょうがないって思っているかもしれない。でも、そんな事ないよ。
 僕が、自分自身で決めて出した結論。そして、実行したのも僕自身。だから、後悔はしていない。」
 
 
 
(嘘ばっかり。後悔してるくせに……。)
あの時はどうかしてたんだ。雛見沢症候群だから、病気だから、とかそんな言い訳はしたくない。
 
僕は自分自身で選んだんだ。
その結論に辿りついた事は…今も間違いだとは思っていない。最善の方法じゃなかった事は、認めるけど。
 
 
 
 
「僕も前に進まなくちゃ。だから、今から猛勉強して、なるべくレベルの高い大学に入ろうと思ってる」
「……………。」
「反対する?」
「い、え………」
「あはは、詩音って正直だよね」
 
 
 
 
実感が、沸かなかった―――――。
 
悟史くんが将来のこと、真剣に考えていた事にも驚いたし、何よりも彼は前に進もうとしていた。
でも、それが彼にとっていいことなのか、それとも……。
嬉しいのは本当。でも、私はそれよりも沙都子を――――。
 
 
 
 
 
 
 
「実は、梨花ちゃんにはもう話してある」
 
 
 
 
 
 
 
その言葉にビクッとした。梨花ちゃまに“また沙都子と二人で暮して欲しい”と頼んだらしい。
正直少しだけショックだった。恋人である私よりも先に、梨花ちゃまに話されたのが。
 
梨花ちゃまに話すという事。それは、もう後戻りできなくなるということ。
 
 
(でも、それだけ彼は本気なんだ……。)
 
 
そんな彼に、私が一体何を言えるというのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
「詩音………?」
 
「ず、ズルいです……1人で勝手に決めて……っ」
 
「ごめん……」
 
「どうして相談してくれなかったんですか……っ、私、そんなに信用されてな…」
 
「違う!!!」
 
 
 
 
厳しい口調。それ以上、私はそれ以上何も言えなかった。
ただ、私はまた置いてけぼり。彼だけ、1人でどんどん前に進んでしまうのが、寂しかった。
いつか自分は必要なくなるのではないか。いつか、この距離が離れてしまうのではないか。
 
 
 
 
 
この手が、離れてしまうのではないか、と―――――。
 
 
 
 
 
「確かに、勝手に1人で決めた事は謝るよ。でも、詩音を信用してない訳じゃない………!
 沙都子には、もう僕は必要ない。でも、僕には詩音が必要なんだ……!」
 
 
 
 
 
君が居ないと、僕は駄目なんだ………。
僕は詩音の目に浮かんだ涙を指で拭う。そして微笑むと、詩音もぎこちない笑顔を返してくれた。
 
君が傍に居てくれるから、だから僕は…………
 
 
「詩音に、頼みがあるんだ」
 
 
詩音にしか、出来ない事。
 
 
 
 
 
 
 
「詩音は、僕の手をずっと握っていて欲しい………」
 
 
 
 
 
 
 
もう、ひとりぼっちは嫌だよ。
それに、僕がもし、また間違った方向に行こうとした時は、止めて欲しい。
君が好きだ。だから、ずっと傍に居て。
 
 
……笑っていて。
 
 
 
 
「……分かりました。私は、ずっと悟史くんの手を握っています。
 貴方の傍に居ます。貴方を全力で支える。…だから、どうか無理だけはしないでください」
 
 
 
 
ぎゅっと、手を強く握る。他に何も言えなかった。
 
悟史くんは自立しようとしている。
私には応援する事しか出来ない。だから、全力をかけて貴方を支える。ずっと傍に居る。
私に出来るのはこれだけ。でも、私にしか出来ない事だと言ってくれた。
 
だから、私は一生懸命頑張るよ。悟史くんの手を、ずっと握っているよ。
 
 
 
 
 
「ありがとう、詩音。」
 
 
 
 
 
君と迎えた、初めての春――――。
今まで、桜をじっくり見る余裕なんて無くて、だから、桜がこんなに綺麗だった事に驚いている。
 
こんな穏やかな気分でいられるのも、前に進めるのも、全部君のおかげだ。
僕の時間が動き出したのも、君のおかげ。
 
 
 
(早く、追いつきたいな………。)
 
 
 
僕に伸ばされた手を握った瞬間、世界が変わった。
灰色だった僕の世界に、光が射したんだ。それは、とても温かくて優しい光。
 
 
 
 
 
 
僕は、もうこの手は絶対に離さない。
 
だから、詩音もお願いだから、僕の手を離さないで。
 
 
 
 
 
未 来 予 想 図
 
(――――未来の僕の傍にも、いつも笑っている君が居る。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



>>あとがき
 
人はみんなそれぞれ人生の転機がある。
卒業だったり別れだったり、もしかしたら出会いかもしれない。その転機が来た時、人はどうするのか――。
 
…が、この話で伝えたいことです。
詩音の人生の転機は悟史に出会えたこと。悟史の人生の転機は元の生活に戻れたこと。
2人の想いや考えている事がすれ違っていたとしても、2人で前に進めるのではないかと思って書いたのはこれです。
 
“自立”という言葉はすっごく重いです。口で言うのは簡単ですが、実行するのはとても難しい。
この4月から新しい生活を向かえる人、人生の転機が訪れた人、そんな人に読んでもらえたらと思います。
支えてくれる人が1人でも居たら、人生って凄く素晴らしいものだと思います。
 
おぉ、久々にあとがきっぽい感じですね…!(何
ここまで貴重な時間を使って読んでくださってありがとうございました!
 
-2009.04.01-
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