真っ白な空間が怖いと思った。
 
僕は真っ黒だから、逆に白に飲み込まれるような気がして、怖かった。
(とてつもなく光に憧れていたのに、真っ白な壁は僕をどんどん追い詰めていくんだ。)

 
 
 
 
 
 
 
こ の 世 界 の 終 末
 
 
 
 
 
 
 

目覚めた時、僕の目に最初に映ったのは真っ白な天井。
それから、監督が慌てて僕に近寄ってきて、それからしばらくすると魅音そっくりの女の子・詩音が部屋に駆け込んでくる。
酷く急いでいたようで、息も絶え絶え。
ゆっくりと僕に近づくと……僕を強く、強く抱き締めてくれた。
彼女は「おかえりなさい。」と何度も何度も言いながら、ぽろぽろと綺麗な涙を流している。
 
 
僕の覚えている目覚めは、こんな感じだった。
 
 
 
 
 
 
それからは、真っ白な空間の中。
 
ただ、白だけを見つめていた。
 
 
 
 
 
そして、1日に1度必ず僕の元を訪れる詩音の綺麗な緑色の髪と、深い蒼い瞳だけが楽しみになっていた。
白しか見ていなかった僕にとっては、とても新鮮で。とても綺麗で。
だから、僕にとって詩音は、まるで絵本の中で見たお姫様のようにも見えて、よく見惚れる。
 
ただ詩音だけを見つめていると、よく詩音に尋ねられた。
 
 
「どうかしましたか?」
 
「うぅん、なんでもないよ。」
 
 
いつも、この繰り返し。
何となく気づいていた。僕は詩音に憧れていたんだ。
詩音の持ってくる話題に一喜一憂しつつ、心の何処かで僻んでた。
僕も、と口に出せば叶わぬ願いだと一蹴される気がして、敢えて口には出さなかったけど。
 
 
「それで、この前沙都子がカボチャを食べたんです!」
「へぇ、あの沙都子が?」
「驚きでしょう?口に含むまでに30分くらいかかったんですけどね〜…やっと食べてくれて」
「詩音の手作りなの?」
「そうですよ!沙都子のおかげで、私カボチャが得意料理になっちゃいましたよ…!」
「僕も、」
 
 
そこまで言って、僕は口を噤んだ。何を言おうとしたんだろう。僕も、何だよ。
 
 
 
 
 
 
僕も沙都子がカボチャを食べている所、見たいな。
 
僕も詩音の手作り料理、食べてみたいな。
 
…………僕も、戻りたいな。
 
 
 
 
 
(何処に………?)
 
 
 
 
 
 
とても惨めだった。自分はこの部屋に牢獄されているも同じなのに、詩音はこの真っ白な空間と外を自由に往復できる。
羨ましいとか、僻んでいるとか、そんな感じじゃなくてただ悲しい。
 
 
 
「悟史くん………?」
 
 
「なんでもないんだ。」
 
 
 
そして、詩音が帰った後は僕はまた白を見つめる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
僕の目に映るのは真っ白な壁ばかり。
 
他に何も見えない。
 
何も聞こえない。
 
 
 
ずっと、白だけを見つめていた。
 
とても、怖くなった。
 
 
 
僕の手は血に汚れてしまった。
 
だから、白がとても怖かった。
 
 
 
 
白が、とてつもなく嫌いだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
詩音はいつものように診療所を訪れていた。
いつもなら快く悟史くんの居る地下に通してくれる監督が、今日はいつになく躊躇いの色を見せる。
もしかして、悟史くんに何かあったのだろうか。
そんな不安に駆られた私は、凄い形相で監督を問い詰める。
すると、やっと諦めたように監督は事情を話してくれた。
 
 
「悟史くんが、布団の中に篭ってしまって…出てきてくれないんです」
「布団の中に…篭る………?」
「頭からすっぽり布団を被ってしまって…今、あまり精神的に良くないみたいなんです」
「そりゃぁそうですよ!こんな所に監禁されているんですから…!!私なら発狂しますよ…!?」
「分かってます!でも、でもしょうがないんですよ…!彼はまだまだ危険なんです!
 病気がきちんと治るまで……いや、せめてL3で安定するまではここに居てもらわなければ困るんです!!」
「だったら…私だけでも、悟史くんに会わせてくださいっ!!お願い、監督……っ」
「………わかりました。でも、もう長居は駄目です」
 
 
 
 
 
 
 
悟史くんに会いたい。
彼が今不安定なら支えてあげたい。
 
でも、どうやって支える?言葉にするのは簡単だ。でも、どうすればいいの?
分らないけど、会わずには居られない……
 
 
地下の廊下を走って、走って、私は悟史くんの部屋に駆け込んだ。
すると、彼は監督の言うように布団を頭から被っている。私が来ても、顔1つ覗かせない。
 
 
「さ、悟史くん……こんにちは。詩音ですよー☆」
「…………。」
「あの、お昼寝ですか?」
「…………。」
「悟史くん…眠ってるんですか。私の話、聞いてくださいよ。今日面白いことがあったんです!」
「………ごめん、ほっといて。」
 
 
かすれたような彼の声。私は愕然とした。
昨日までは、私が来たら微笑んで優しく頭を撫でてくれて……
ずっと、嫌な顔ひとつしないで、大人しく私の話を笑顔で聞いてくれていたのに。
 
今日は、全身で拒否されていて。顔さえも、見せてくれなくて……
 
 
 
 
 
 
 
 
「もしかして、今まで私がしてきたこと、迷惑でしたか………?」
 
 
 
 
 
 
 
 
今まで、無理して私に付き合ってくれていたんですか。
私は、貴方が少しずつでも心を開いてくれていると思っていた……けど、それは私の勘違い?
 
 
「そんなこと、ない。」
「じゃぁ、どうして………っ」
 
 
 
 
「白が、怖いんだ。」
 
 
 
 
白が、怖い………?
 
改めて辺りを見渡せば、確かにこの部屋は白ばかりだ。
何の変哲も、柄もない白い壁。
真っ白なベットとシーツ、枕まで白。この部屋に窓はないし、
沙都子へのプレゼントであるぬいぐるみは、確かに白ではないけれど、この白い部屋とよく会う薄茶色。
何もかも、白、白、白………真っ白。
 
 
 
「じゃ、じゃぁ……電気を消します!消したら、そんな所から出てきてくれますよね!?」
 
 
 
私は何も考えずに部屋の電気を消した。
すると、今度は逆に真っ黒になる。私は手探りで、悟史くんのベットまで戻ると、彼に触れた。
 
 
「…出てきてください、お願い」
 
 
彼に、動きはない。
 
 
 
 
 
「悟史くん……もう、怖い白は何処にもありませんから。」
 
 
 
 
 
そう言うと、彼が布団から起き上がったのが気配で分かった。
私はそのまま彼に抱き付く。真っ白な部屋の中ではこんな大胆なことは出来なかった。
でも、この真っ暗な部屋は、私の理性や慎みを全て覆い隠してしまった気がする。
 
 
 
 
「…………詩音。」
 
 
 
 
彼は、私をベットの上に誘う。
私は彼に誘われるがまま、ベットの上に上った。そして、ただ彼の体温を感じる。
 
 
 
「悟史くん………」
 
 
 
悟史くんの温かい手が頬に当たる。
少しくすぐったいけど、とても温かい。そして、とても優しい。
両頬に彼のてのひらが添えられて、次の瞬間私は何かによって口を塞がれていた。
 
 
 
 
 
なんだろう。
とても温かくて、柔らかくて……
 
なんなんだろう。
こんなに幸せな気分に、してくれるものは………
 
 
 
 
 
「詩音は………僕のこと、好き?」
 
「す、好きです……!!」
 
「……僕は、白が嫌いなんだ」
 
「えっ?」
 
「詩音は、白だよね」
 
 
 
 
 
何が、っと聞く前に私は悟史くんに押し倒されていた。
そんな強い力ではない。押し戻そうと思えば簡単に押し戻せる。ただ、そんな気は微塵も起きなかった。
 
 
彼が何を考えているのか分からない。
彼が何を求めているのか分からない。
 
 
だから、彼に任せようと思った。
 
 
 
 
 
彼の手が身体のあちこちを這い回る。
何がしたいのかよく分からないが、彼は何かを探しているようでもあった。
 
 
 
「悟史くん……何を、探しているんですか?」
 
「分からない。ただ、何かを……」
 
「何が欲しいんですか?」
 
「分からない。ただ、詩音は持ってる……」
 
 
 
詩音が持っていて、僕が持っていないもの。
それが欲しい。とてつもなく欲しい。ただ、それが“何”なのか分からない。
分かったら手に入るのだろうか。分かったら僕は何かが変わるのだろうか。変えられるのだろうか。
 
 
 
 
 
どうしたら手に入る………?
 
詩音を、奪えば、僕も手に入るのだろうか。
 
 
 
 
 
悟史は詩音の首筋に唇を寄せる。
詩音はピクリ、と反応したが他に何も言わず、彼のされるがまま。
 
 
 
 
その時、ドタドタと複数の足音が聞こえた。
次の瞬間には、ドアが開き、光が中に差し込んでくる。悟史は急に出てきた眩しさで目を細める。
誰かが電気のスイッチをつけたのだろう。
すぐさま電気がつき、真っ暗だった部屋は瞬時に真っ白な部屋へと変わっていく。
 
 
 
 
 
 
「うわぁあああああ」
「詩音さん!!!」
「な、何するんですか、監督!離して…っ」
「いいですから、とにかくこの部屋から……!!」
「いやっ!いやっ!悟史くん、悟史く――ん!!」
「詩音さん!!いい加減にしてください、どうして様子が変だって分からないんですか!?」
「だって、悟史くんが……っ!」
「…………っ」
「いぃやあぁぁ――――!!!」
 
 
 
そのまま監督の手によって無理やり部屋の外へ連れ出された詩音は、廊下で泣きじゃくっていた。
部屋の中では、看護婦とか、研究員が、何かをしていて、時折悟史の叫び声や奇声が聞こえる。
 
 
「ごめんなさい……っ」
 
 
分かっているのに。分かっていたのに。
それでも、彼の事を拒めなかった。どうしても、受け入れてあげたかった。
 
 
監督は詩音の肩をポンッと叩くと、そのまま詩音を地下から外へと連れ出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それから、有無を言わさず詩音はしばらくの間診療所へ来ることを禁止された。
悟史はしばらくの間、絶対安静で。ずっと、薬で眠り続けているらしい。
 
怖かった。怖くて堪らなかった。
また長い眠りについてしまったのではないかと、怖かった。
 
 
 
彼は“白”が嫌だと言った。
 
彼は“何か”を探していると言った。
 
 
そうだ、きっとそれを見つけてあげればいい。
 
 
 
 
彼の探し物が見つかれば、きっと元の悟史くんに戻ってくれる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(元の悟史くんに戻ったら、きっと―――――――。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
詩音は出入りを禁じられた診療所へと足を運んだ。
監督がちょうど、外に回診に行くときを見計らって。こっそりと中に入ると、誰も居ない。日曜日を狙って正解だった。
 
私は何度もここに訪れているから、地下へ行くためのカードキーが何処にあるか知っている。
そこから、カードキーをくすねて、私は地下へと向かう。
 
 
 
これがいけない事だというのは重々分かっていた。
バレない訳がない。地下には監視カメラだって何だってあるのだ。
 
最悪の場合、彼ともう会わせて貰えないかもしれない。
 
 
 
でも、心の何処かで確証があった。
 
 
大丈夫、と。
 
 
 
 
 
 
 
 
地下の廊下。真っ白な、廊下。
悟史くんの病室へと急ぐ。ここにはセキュリィ設備もある。侵入者が入ると、警報がなるのだ。
もちろん覚悟していた。警報が鳴って、不審に思ってこの地下に誰かが踏み込んでくることも。
誰かが来る前に、私は決めた事を実行する。そういう手筈になっていた。
 
 
でも、私が入っても警報はならず、地下は静まり返っている。
 
おかしい……どうして防犯設備が起動しないんだろう。
 
 
 
 
(……もしかして、オヤシロ様が私を手伝ってくれているのかな。)
 
 
 
 
そんな事を考えて、私はおかしくて少しだけ笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
彼の病室のドアを開けると、部屋の中は真っ白だった。
そして、悟史くんはベットの上で眠っている。
私は彼の腕についている点滴の針を抜いて、彼を揺り動かした。すると、目がゆっくりと開く。
 
 
「あれ………詩音?」
 
 
不思議そうに私の顔を見ている悟史くんの腕を引っ張った。
 
 
「行きましょう」
「何処、に?」
「外に、」
「えっ?でも、それは……」
「もちろん、監督にはナイショですよ☆」
 
 
悪戯っぽくウインクをしてみると、悟史くんは少しだけ笑った。
貴方の探し物は、こんな真っ白い部屋にはない。地下にはない。ここには何もないのだから。
 
 
 
 
 
 
きっと、外にある。
 
 
だから、2人で探しに行きましょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2人で手を繋いで、外へ続く階段を駆け上がる。
診療所の屋上につくと、そこには果てしなく大きくて鮮明な、青空が広がっていた―――――。
 
 
 
 
「あっ…………」
 
 
 
 
空だ。久しぶりに見た。温かい太陽の日差し。
この空が僕の頭の上にあること。
それは当たり前の事だと思っていた。空は、いつも僕の頭の上に居て、笑ったり泣いたり、して。
 
 
 
 
 
「見つけたよ………」
 
 
 
 
僕の、探していたもの。
 
こんな所にあったんだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。
(僕にはなくて、詩音にはあるもの。自由とか日常とかじゃなくて、僕が欲しかったもの。探していたものは――――)
 
 
 
 
 
 
「僕は、“ぬくもり”が欲しかったんだ……」
 
 
 
 
 
 
人のぬくもり。優しさ。温かさ。…………愛しさ。
それを、僕は忘れてしまっていた。僕と詩音、何が違うんだろうってずっと考えていた。
でも、やっと分かったよ。僕は、人のぬくもりが欲しかったんだ。ぬくもりが、足りなかったんだ。
 
 
 
だから、詩音が欲しくなったんだ。
 
(詩音は人のぬくもりを持っていて、とても、温かいから――――。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「し、詩音さん…!!また、あなたは勝手な事を……っ」
「監督……」
「悟史くん……?」
「僕、やっと思い出せました。」
「えっ……?」
 
 
 
 
世界は、僕が思っているよりも汚くない。
僕の世界は、とても真っ暗で汚れていて、綺麗なんかじゃないって思っていたけど。
 
 
 
 
 
「世界って、こんなに綺麗だったんだ……」
 
 
 
 
 
頬を伝う冷たい感触。
それでも、僕の心は温かかった。そして、軽かった。
 
これなら、前に進める気がするよ。まっすぐ、前を向いて――――――。
 
 
 
 
 
 
 
こ の 世 界 の 終 末
 
(元の悟史くんに戻ったら、きっと笑ってくれる。私は、その笑顔が見たかったんです。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>あとがき
 
たまにこういうのが無性に書きたくなるんです。
この話は凄い勢いで書いて、そのままタイトルが決まらずずっと放置してました。
もう何度こういう話を書いて、ほとんど同じオチをつけてきたんかい!ってね\(^o^)/
 
自覚はあるんですけど、何度でもこういうのを書いたら楽しいし飽きないので書いてます←
いやぁ、悟史くんは本当に書いてて楽しいです。ほのぼのでもシリアスでもデレデレでも何でも愛しいです。
 
ではでは、ここまで貴重な時間を使って読んでくださってありがとうございました…!
 
-2009.06.14-
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