眠 り か ら 覚 め な い 王 子 様
 
 
 
 
 
 
 
私の声は届かない。
貴方の目に、私は映っていなかったから。
 
私の声は届かない。
貴方が私の目の前から消えてしまったから。
 
私の声は届かない。
貴方は長い長い眠りについていたから。
 
 
 
 
こうして眠っている貴方の手を握っていれば、
 
私の声は、いつか貴方に届くのでしょうか………?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひぐらしの鳴き声が、聞こえる。
こんな地下の病室で?まさか、聞こえるはずがない。
ここは日の光も外のざわめきも、全て遮断されている、地上とはまったく違う別世界。
 
……………だから、これはきっと私の幻聴。
 
 
 
「もう、6月ですね……」
 
 
私は一週間に1度、この何もない地下の病室に足繁く通っていた。
理由はただ1つ。ずっと眠ったまま、雛見沢症候群の治療を続ける悟史くんに会うためだ。
 
すぐ傍に居る。こうして手に触れればぬくもりも感じられる。彼は、生きている。
 
 
 
生きているなら、きっと、また会える……
 
会話をする事だって、頭を撫でてもらう事だって、きっと……
 
 
 
 
 
 
 
「もうすぐ綿流しのお祭りです…今年も部活メンバーで行くみたいですよ。…私は行きませんけどね。」
 
 
 
日常の出来事を話す。返事はない。当然だ。
耳に届いているのか、内容を理解してくれているのかさえ、分からない。
それでも、私は語りかける。届かなくてもいい、理解してくれなくてもいい。
私がそうしたいから、勝手にみんなのことを話している。
 
 
 
 
沙都子のことはもちろん、お姉、レナさん、梨花ちゃまに、悟史くんは知らない圭ちゃんの事も。
 
どんなに些細な事でも、なるべく詳細に。
こんな話をしていたら、悟史くんも交じりたくなって起きてくれないかなと、心の何処かで期待していた。
 
 
 
 
「どうして私は行かないのかって?…そうですね。
 悟史くんも一緒に来てくれるっていうなら、行ってもいいです。私が行ったらお姉怒るんですよ。
 圭ちゃんを取られるんじゃないかって……だから、悟史くんが来てくれるなら、私はずっと悟史くんにベッタリだから、
 お姉にも怒られませんし。  ……………………うん、だから、行かないんだよ?」
 
 
 
 
 
独り言を繰り返す。今の話は半分嘘で、半分本当だ。
悟史くんが一緒に来てくれるなら行く。それは本当。
お姉が怒るとか、圭ちゃんに絡むとか、それは私が行かない理由には結びつかない。
 
ただ、同じ顔をしている魅音が、圭ちゃんと楽しく過ごしているのを見ると、悲しくなるのだ。
なんで私じゃないんだろう。何でここに居るのが悟史くんじゃないんだろう。
とか、そんな無意味な問いを繰り返すことになる。それが分かっているから、惨めになるだけだから、私は行かないのだ。
 
 
 
 
 
「…沙都子の世話は、綿流しのお祭りの日だけ、お休みさせてくださいね。」
 
 
 
 
 
きっと、悟史くんは私とこんな約束をした事も覚えていないのだろう。
私に『沙都子を頼む』と託したのかさえ、疑わしい。詩音じゃなく、魅音に頼んだのかもしれない。
でも、そんなの考えても無意味だ。私はたとえ彼が起きても、その真相を確かめるつもりも、問いただすつもりもない。
 
 
 
私は悟史くんと“約束”した。それだけで、十分なのだ ――――――。
 
 
 
 
この1本の糸だけが、私と悟史くんを繋ぐたった一つのカケラ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
綿流しのお祭りの、当日。
 
私は悟史くんに宣言した通り、お祭りには行かなかった。悟史くんに会いに来ていた。
お姉達とつるむよりも、悟史くんの傍に居る方がいい。
 
でも、私はベットに持たれかかったまま一言も口を開かなかった。
ただ悟史くんの傍に居るだけ。
 
 
 
 
そうしている間、どれくらいの時間が経ったのか分からなかった。
それでも、この静かな空間は、私を少しだけ素直にさせたのかもしれない。



(私の目から涙が落ちた。ポタポタと悟史くんの寝ている布団を濡らしていく。)
 
 

貴方がここに居る事を知って、もう1年経ちました。
貴方は一向に目覚めてくれません。
監督は悟史くんの容態は落ち着いている、あとは悟史くんの頑張り次第だと言った。
 
 
(…………悟史くんが戻りたいと思ってくれなければ、彼は目覚めてくれないの?)
 
 
 
 
 
 
「………………悟史くん。」
 
 
 
 
 
 
名前を呼ぶ。返事はない。長い沈黙が続く。
 
貴方のこと、想えば想うほど胸が苦しくなるよ。痛いよ。
これ以上ないほど、貴方のことが好きなのに、届かないなんて………
 
傍に居られるだけでも良かった。触れられるだけでも、良かった。
でも、返事が無いこと。貴方の優しい瞳が見られないこと。温かい手で頭を撫でてもらえないこと。
……その事実が、とてもとても寂しかった。
 
 
 
 
 
「……………今日だけ、悟史くんの傍で泣かせて。」
 
 
 
 
 
普段、詩音は悟史の前ではずっと笑顔で居た。
楽しそうに嬉しそうに、日常のことを話す彼女は幸せそうに見えていた。
 
…そう、見えていただけなのだ。
詩音は悟史の前では弱音を吐かなかっただけで、彼の見えない所で1人で泣いていたから。
 
 
 
 
 
「………………。」
 
 
 
 
 
悟史は、自分の手を握り締めて泣いている少女を前にしても、瞼1つ動かさなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それから、かなりの時間が経った。
詩音はその頃になるとだいぶ落ち着いていて、指で自分の涙を拭う。
 
悟史は相変わらず眠っていた。眉一つ動かさず、穏やかな顔で。
 
 
 
「悟史くんが目覚めたら…私、悟史くんにして欲しい事があるんです」
 
 
 
彼の頭を優しく撫でて、軽く指で髪を透く。
そう、こんな感じに……
 
 
 
「私の頭を…撫でてくださいね」
 
 
 
それだけでいい。それが、私の夢だから。
こんなに近くに居るのに、どうして叶わないのかな……………私の、夢は。
 
 
 
 
 
 
こんな地下の部屋なのに、聞こえるはずないのに……
私の耳に、綿流しのお祭りで楽しそうに騒ぐ部活メンバーの声が、鼓膜の奥で響いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
眠りから覚めない王子様
 
(お寝坊な私の王子様。王子様のキスがなくちゃ、待っているお姫様は目覚められないのに。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>あとがき
 
昭和59年の6月でのお話。
悟史の前では泣かなかった詩音が、綿流しのお祭りの日だけ泣かせたかった話。
 
ずっと待ってたら、泣きたくなるよ!
泣きたい時は泣けばいいんだよ!というお話でした。以上です。
 
では、ここまで貴重な時間を使って読んでくださってありがとうございました☆

-2009.06.28-
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