放  課  後  の  帰  り  道
 
 
 
 
 


悟史が日常に戻ってきて、2か月ちょっと。
そして一昨日、詩音は自分の中にため込んだ気持ちを抑えきれず、悟史にその想いを打ち明けた。
悟史は少し困ったように笑って、でも嬉しそうに微笑んで、「ありがとう」と言った。
返事は、「少し時間が欲しい」だった。悟史にとって、自分が目覚めるまでずっと傍で待っていてくれた詩音の存在は大きい。
でも、それが恋であり、彼女が自分に求めているものと、自分が彼女に与えられるものが同じだとは、その場で断言出来なかったのだ。
 
詩音はその答えを予想していたのか、返事はいつでもいい、いつまでも待てるという言葉と、笑顔を悟史に返した。
 
 
 
「悟史くーん!一緒に帰りませんかー?」
今日は魅音が家の用事で早く帰らないといけないため、放課後の恒例である部活は休みになった。
「うん、いいよ」
悟史はにこりとその申し出を承諾する。その様子を隣で見ていた沙都子は、何かを思いついたような笑みを浮かべた。
そして、近くに居た梨花の腕に自分の腕を絡めながら、2人に微笑んだ。
「にーにー!わたくしと梨花は興宮に買い物に行ってきますわ。ですから、先にお家に帰っていてくださいませ。そして、詩音さんは……」
「買い物のついでに、ボク達がおいしいケーキを買って帰るので、お家で悟史と待っていて下さいなのです〜☆」
買い物に行かなければならないのは事実だが、半分は2人に気を利かせたのだろう。
沙都子は、2人の間に何があったのか知らない。梨花はなんとなく勘付いているようだが……。
でも、沙都子はこの2人がうまくいけばいいと思っている。そのための手助けなら喜んで、という感じだろう。
 
結果、悟史と詩音は2人で帰ることになった。4人で帰ることは珍しくないが、2人きりというのは結構珍しい。
しかも、告白をしたのはつい先日、一昨日の出来事。若干緊張気味の詩音とは違い、悟史は普段と同じように笑っていた。
 
  
 
 
 
「詩音は、受験どうするの?魅音と同じところ?」
「いえ……私はまだなぁんにも考えてないです。でも、多分お姉と同じところには行かないと思いますよ。」
 

園崎家次期党首の魅音は、それなりにレベルの高い高校を受験することになる。
わざわざそんなところを受験しようとは思わないし、勉強と順位に追われながらの生活はまっぴらごめんだ。
それに、たとえこの想いが報われても、報われなくても、今は悟史の傍に居たいと思っていた。
それは、自分の気持ちが受け入れられず、ただの友人のひとりとして接しなければならないと確定しても、だ。
その場合、いつかは現れる、彼の想い人が彼の隣にくるまでは、傍に居られたらと願っている。
 
「悟史くんは………どうするんですか?」
彼は雛見沢症候群の治療で、この村から出ることは叶わない。
完治出来るならそれにこしたことではないが、最悪の場合、彼はこの村に永遠に縛られることになるだろう。
「何処かの高校を受験するんですか?」
「うーん……今ね、監督とも相談しているんだけど、とりあえず何処か受けてみようかなとは思っているんだ」
 
悟史は1年半あまり診療所の地下に囚われていたため、勉強が大幅に遅れている。
ポディティブに考えても、これから死ぬ気で勉強して、何とかどこかの高校に入れる、という程度だろう。
もちろん治療は続けなければならないから、雛見沢から通える範囲の高校に限られる。そして、あまり高いレベルのところも望めない。
しかし、願書の提出はそろそろ締め切られてしまう頃であるし、そろそろ進路を決めなければならない時期なのは確かだ。
 
もちろん詩音は、悟史が高校に行かなければならない、とは思わない。
むしろ、あと1年くらい雛見沢の分校で、圭一やレナと一緒に過ごした方がいいのではないかと思う。
来年彼らと一緒に受験をすればいいだけであるし、あと1年も猶予があると思えば、1年半のブランクなど簡単に払拭できるだろう。
 
 
「…………そう、ですか。」
「むぅ……でもまあ、ほとんど受かる可能性はないんだけどね。監督に進められて受けてみた学力試験、
 散々だったし。今から頑張って勉強して、何とか一番低いところに受かるかどうか……ってところだから。」
「不安はないんですか?」
突然新しい環境に立たされる。今はまだ慣れ親しんだ雛見沢の分校だ。
でも、もし来年の4月から高校に通うとしたら、見ず知らずの人間の中に突然放り込まれ、その中での生活を強制されることになる。
「もちろん、あるよ」
それでも、これからは、普通の学校に行って、他の人と同じように生きたいんだ。と、悟史は言った。
「………………………。」
詩音は思う。本当は、付いて行きたい。彼が受験する高校を自分も受けて、彼が合格出来たなら、一緒にその高校に通いたい。
そうすれば、少なくとも詩音だけは悟史と繋がっていられる。一人ぼっちではない。
それでも、告白した身で、しかもどこでもいいから同じ高校に行きたいなんて、我ながら重いと思う。
気にするな、と言っても彼は気にせざるを得ないだろう。悟史は、誰よりもずっと優しい人だから。
 
 



「………私は、高校行かないかもしれませんね。」
 
 



高校に行かなければそれなりに時間ができるし、悟史の都合に合わせて彼と会うことも容易くなる。
自分の家のことを考えれば、学力がなくても、きっと親戚の会社とかどこかで雇ってもらえるだろうから、飢え死にする心配はない。
こういう時に自分の家を当てにするのはどうかと思うが、現実的に考えた結果、それが一番いいのかもしれない。
 
「えっ…………?」
「だって、別に勉強したくないですもん。それに、将来の夢とかもありませんしね」
「むぅ……でも、学校行くの楽しいと思うよ?」
「私あんまり学校でいい思いしたことありませんから。それより、バイトしてお金稼いでる方が有意義な時間の使い方ですよ」
 
悟史と同じ高校に通えないなら、高校に通う意味なんてない。
 
「………僕は、詩音と学校に通いたいけどなぁ」
「…………!」
「今は一緒に帰ったり出来るけど、もうすぐそれも出来なくなるし……寂しいな」
「えーっと……悟史くん?」
「うん?」
「私と学校に通いたいって………」
 
それはつまり、詩音が悟史と同じ高校を受験してもいいということだろうか?
むしろ、それは遠まわしに、受験して欲しい、という意味合いも含む?
 


「あっ、ごめん!僕と詩音の学力じゃ、同じ高校とか無理だよね……それにお金もかかるし」
 


悟史は頬を染めて、申し訳なさそうに眉をへの字にした。
それに対して、詩音にとっては、ここで押さなければどこで押す!というくらい、願ったり叶ったりの状況だ。
「いえいえいえ!お金とか全然関係ないですけどっ……それに、悟史くんが良いなら、私、悟史くんと同じ高校に通いたいです!!」
同じ高校に行くことで、悟史の傍に居られる理由が出来る。
今はそれだけで十分。確かに邪な気持ちがないと言えば嘘になる。
悟史の気持ちがこっちに向いてくれれば、と願わない訳ではない。でも、それよりも今は傍に居たいのだ。
今まで一緒に居られなかった分、恋をしているという実感を得て、彼の気持ちを勝ち取るために追いかけたい。
 
 
「本当?嬉しいなぁ」
 
 
背後に花がふわふわと浮かんで見えるほどの、優しくてキラキラ輝いている笑顔。
詩音は、顔に血液が集中しているのを嫌でも感じずにはいられない。その赤くなった頬を手で押さえながら、詩音は悟史から視線を逸らした。
反則過ぎる、と思う。こんな笑顔向けられたら、詩音じゃなくても好きになってしまう、と。
そして、悔しい…とも思う。自分ばっかりがこんなに好きで、好きで、堪らないなんて。
出来るならば、彼にも自分を、自分と同じように自分のことを想って欲しいと思う。贅沢だとは分かっているのに。
 
詩音が悟史に求めているものと、悟史が詩音に与えられるものが、同じものだったらいいのにと願ってしまう。
 
 
「悟史くん、腕組んでもいいですか……?」
自分ばかり振り回されて、悔しい、悔しいから、悟史も少しは照れればいいんだ。
「うん………あっ」
悟史の返事を待たず、組まれた腕。
悟史の視線には、顔を真っ赤にして自分の腕にくっついてくる詩音が映る。かわいい、と思う。愛しいとも。
妹の沙都子に向けるものとは、同じようで違うこの愛しいと思う気持ち。
詩音に想いを告げられた時、確かに返事に困ったけど、すごくすごく嬉しかった。
 
それでも、自分は他の人とは違う。悟史は北条家で、詩音は園崎家の令嬢だ。
詩音は見た目も性格も申し分なく、自分じゃなくても探せば相手は他にたくさんいるだろう。
好きか、嫌いか、だったら好きなんだと思う。同じ高校に通いたいと思ったのも、傍に居て欲しいからなんだろう。
 
でも、やっぱり自分は他の人とは違う。
どんなに後悔していても、病気だからといっても、過去は変えられない。
この忌まわしい過去は、悟史の一生を縛り続けるだろう。一瞬でも忘れられない、永遠にずっと。
 
「…………………。」
 
むしろ、悟史から詩音に触れていいのかさえ、不安なのだ。
もちろん、無意識に頭を撫でてしまうことは今でもよくある。ただ、それは無意識の範囲内だからこそ出来ること。
一度は人を殺めたことがあるこの手で、詩音にどう触れればいいのか、距離を測りかねているということだろうか。
 
 
 
 
「悟史くんっ……お家に帰ったら、受けた学力試験の結果見せてくださいね?」
「えっ……ええっ、嫌だよ…!すごく悪いんだから……!」
「でも、同じ高校に行くんですから、現在の悟史くんの学力を把握しないと……!大丈夫です、
 私が絶対悟史くんをどこかの高校に入れてあげます!朝から晩までみっちり地獄の勉強フルコースで!だから安心してくださいね。」
 
にっこりと楽しそうに笑った詩音に対して、悟史はむぅ…と困った顔をした。
朝から晩までみっちり地獄の勉強フルコース……想像出来るような、出来ないような感じが恐ろしい。
それでも上機嫌で自分の腕にしがみついてくる詩音が愛しくて、悟史は彼女に気づかれないように笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
放 課 後 の 帰 り 道
  
(分校からの帰り道。あと数か月で終わってしまう幸せな時間。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>>あとがき
 
久々に書いたサトシオン!もう楽しかったなぁ、やっぱり幸せなふたりは書いてて楽しい。
アプリのひぐうみカードで『悟史&詩音EXカード』を手に入れたので、そのイラストをテーマに書いてみた。
腕組んでるふたり。悟史普通、詩音だけ顔が赤い、詩音めっちゃ幸せそう!という萌えカード!!
これ、アプリの中だけなんて勿体ない。実際に紙媒介にするべきだと思うに一票。
 
バイト先の後輩が進路について悩んでいたのを思い出し、2人にも悩んでもらいました。
個人的に悟史は高校どうするの?ってのは永遠のテーマなんですが、この話では割と早めに目覚めた設定。
せっかく早めに目覚めたんだから、2人一緒の高校に行けばいいじゃん!っという安易な考え。
悟史は留年して、割と高いレベルの高校を目指すのもありだと思います。
悟史くんって、割と勉強したら出来そうなタイプっぽい……黙々と机に向かって努力してそうな感じ。
詩音は努力しなくてもそれなりに勉強出来そうなイメージある……羨ましいな!でも悟史のためなら死ぬ気で勉強しそう。
 
っという訳で、久々なサトシオンでした。読んでくださり、ありがとうございます。サトシオン愛してるー!
 
-2011.09.22-
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